ご紹介する本
海と毒薬
ジャンル: 文学・評論
著者: 遠藤周作
出版社: KADOKAWA
発売日: 2021/5/25
本の長さ: 167ページ
この本から学べるポイント
- 1:日本人の倫理観なぞ同調圧力の前にはかくも脆いものだということ
- 2:市井の人を犯罪者に変えることが出来るのが、戦争の恐ろしい点であるということ
- 3:自分自身の持っている倫理観におごらず、脆いものだという謙虚さを持ってこの激動の時代を生きること
京都府にお住いのペンネームさんさん38歳女性(職業:経営者・個人事業主(自営業))から2021年6月頃に読まれた海と毒薬を読まれたレビューになります。以下からKindleや中古で購入できるので興味がある方は是非見てみてください
海と毒薬の内容
時は第二次世界大戦最中。ある大学病院で、生きた捕虜を使った凄惨な人体実験が行われました。それに携わった人々はいわゆる「普通の」日本人たち。他者のために義憤を感じることの心を持っていた大学病院の研究生である勝呂(すぐろ)、同じく研究生で出世欲のある戸田、夫に捨てられた看護師の上田、院内での自分の立場を良くしたい橋本教授…。彼らはなぜこのような残虐な人体実験を行うことが出来たのか?そして彼らは「特別な」犯罪者だったのか?日本人の倫理観を問う小説です。
海と毒薬の著者について
著者:遠藤周作遠藤周作は1923年に生まれました。慶応大学在学時に評論家としてデビュー。その後フランスへ留学し、帰国後小説家に転身。1954年に2作目の小説「白い人」で芥川賞を受賞。1957年に「海と毒薬」を発表。1966年にキリシタン弾圧を舞台にした「沈黙」で谷崎潤一郎賞を受賞。その後も「深い河」などの作品を残し1996年に死去。12歳の時にカトリックの洗礼を受け、キリスト教は生涯作品のテーマとなり続けました。
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絶対読んでほしい一冊!『海と毒薬』はなぜ名作なのかを徹底解説します!
海と毒薬本の要約
この本から学べるポイント
- 1:日本人の倫理観なぞ同調圧力の前にはかくも脆いものだということ
- 2:市井の人を犯罪者に変えることが出来るのが、戦争の恐ろしい点であるということ
- 3:自分自身の持っている倫理観におごらず、脆いものだという謙虚さを持ってこの激動の時代を生きること
空気に流され、長いものに巻かれ、人の目を気にし、体裁を重んじ、意志が薄弱…そんな日本人特有の性質が時代と交錯すると、かくもこのような残虐な非道を平気で行えるというショッキングな内容です。「日本人とキリスト教」を生涯のテーマとした遠藤周作が、信仰が無い日本人の倫理観を抉ります。普通の人々がそれぞれの日本人的性質に押し流され、凄惨な人体実験に手を染めてしまうことから見える、「あなたならどうするか?」という問いを読者に投げかけます。
日本人の倫理観なぞ同調圧力の前にはかくも脆いものだということ
あまり「日本人」とひとくくりに言うのは、現代に則していないかもしれません。しかし幼いころからたたき込まれた同調圧力により、電車を待つときは列に並ぶなどの秩序は保たれがちですが、一方特異な環境下ではその倫理観は脆いのではないでしょうか。それは、「他人に迷惑をかけない」「逸脱しない」ことが、脅迫的なほどに日本人の骨の髄までしみ込んでいるからです。戦争となり世の中の空気が一変すると、その倫理観の尺度も一変するのではという危うさが日本人にはあるでしょう。戦後77年、私たちの日本人としての本質は果たしてどれだけ変わっているのでしょうか。今またこの国に「正義」の名のもとのプロパガンダが広がると、この小説の登場人物たちと同じ轍を踏む人たちがきっと出てくるだろうというそら恐ろしさがあります。
市井の人を犯罪者に変えることが出来るのが、戦争の恐ろしい点であるということ
今現在まさしく戦争が起きていますが、ロシア人がウクライナ人を殺すことは「悪行」と見なされ、ウクライナ人がロシア人を殺すことは「当然」と見なされます。人殺しという行為は一緒ですが、そこに至る経緯に「解釈」を加えることでそれを「良し」「悪し」と全く反対の評価を下しているのです。もちろん兵士たちは市井の人々で、普段の日常では人殺しなんてしていません。「戦争」というものが、普通の人々に人殺しをさせているのです。この小説に出てくる人たちも、それぞれに顧みる点はあったかもしれませんが、戦争という特異な環境下によりたまたま犯罪者になってしまった人たちだと言えるでしょう。そこが戦争の恐ろしさとも言えます。
自分自身の持っている倫理観におごらず、脆いものだという謙虚さを持ってこの激動の時代を生きること
よくYouTubeなどで、「財布を落としても必ず拾って届けてくれる日本人」とよく海外などで持てはやされています。それを「日本人という善良な国民性」と安易に帰着していることと、この小説で暴いていることは両立し得ると感じます。海外などでは日本より過酷な生活環境の人が多く、拾った財布を返せるのは日本国民各々が一定水準以上の生活環境であるからだということ。そして「拾ったものは届ける」「盗みは悪」という洗脳に近い教育を受けているから習慣化しているだけとも言えます。日本上げされている番組や動画を観て優越感に浸るのではなく、自分自身に環境や立場が変わってもその行動を貫き通せるのか問うてみるのも必要だと感じます。
海と毒薬を読んでの感想やレビュー
長年気になりつつも読めていなかった遠藤周作作品でしたが、切れ味が凄まじかったです。そして読後はとにかく「怖い」。ひょっとして私たち日本人は良心が育まれていないんじゃないか。社会的制裁以外に自分を律するものが無いんじゃないか。私は自分は倫理観がある人間だと思っているが、同じような環境下では、やってしまうんでは無いだろうか。「医学のため」「殺される運命の捕虜だ」など、自分を納得させる材料は沢山あるもの…と。
一方でキリスト教という信仰がありながら、ユダヤ人やアメリカなどの先住民に対してあんな残虐非道なことが出来たのはなぜなんだろう。自分たちの正義のために、神や信仰を曲解するのだろうか?それともその人たちは「人」とも認識しなかったのだろうか。それに想いを馳せると、なお一層「怖い」。
海と毒薬がおすすめでない人
こんな人はおすすめしない
- 暗い話が嫌いな人
- スカッとしない話が嫌いな人
- エンターテイメント性を小説に求めている人
- なし
- なし
推理小説のように小説に「そうだったのか!」という驚きの展開や複線回収、ハッピーエンドなどエンタメ要素を強く求める方にはあまりお勧めしません。私は個人的にはかなり面白いと感じましたが、求めている「面白い」の類が違うかもしれません。単純なストレス発散にはなりませんので、過度なストレス下で読むのもあまりお勧めしません。そして話を通して大きな救いなどはありません、読後残るのは「果たして自分はどうなのか」という深くて暗い思慮と、「上質なものを読んだ」という満足感です。
海と毒薬をおすすめしたい人
こんな人におすすめ
- 目を覆いたくなる人間の本質に興味のある人
- 戦争下の人間の倫理観がどういうものか知りたい人
- 日本人という生き物がどういうものなのかという点に考えを深めたい人
- グローバル社会での日本人の特異さを認識したい方
- なし
私はこの小説を読んだのは2021年でしたが、もう起こらないだろうとたかをくくっていた世界大戦がひたひたと忍び寄るこの世界情勢で、改めて読みなおすべき小説であると感じました。この小説ではことさら「日本人」というくくりを強調されますが、人間であれば共通するテーマであるように思います。自分を善良な人間だと思い、「~するべき」と自他を律し、世の中を良くしたいという気持ちがある人ほど、顧みる必要があると思います。自分のその正義感はどこからくるものなのか。自分の持っている良し悪しの倫理観は、どのような根拠に基づいたものなのか。「信仰の無い日本人」には、万人に共通する単純な根拠はないのです。遠藤周作のカトリックによる視点により、グローバル社会における日本人の特異さを突きつけられます。そういう意味では海外で活躍したい方、されている方も読んでおくと良いかもしれません。海外で「神を信じていなくてどうやって生きているの?」と問われたときに、回答する一助になるかも…(実際に私の友人は、その質問を海外で何度もされたそうです)。